永方佑樹
NAGAE YUKI
詩 Poetry
「塔と浅草木馬」(『不在都市』思潮社)
‥‥今にも崩れそうな入り口の脇に、タバコ屋、おでん屋、銘酒屋と看板を掲げた戸がいくつかあって、しかしどの小屋からも人のぬくもりがすこしも立たない。なのに、ひと気のなさを探る肌に、湯気の気配があたたかくして、どこかで湯が湧いたのだと知れる。足元で洗剤の流れてゆくコポコポという音がして、下水の汚臭がひととき澄んだ。
(中略)
最後に振り返ると、少女はまだ塔をしずかに見上げていた。が、それもすぐに見えなくなり、十二階の姿もうすれてみるみるとおくなってゆくので、私は全てが削がれて忘れ果てる事のないよう、ここにせめて凝視を残す。
かきくもる
あかりは
濡れて
輪郭をにじみ
(塔が見える、 )
気配に寄せ
(電波塔が、 )
かがよいながら
痕跡のうえを
最初の塔が立っていた、確かにその場所であった事を記す青銅の碑を、いまわたしは見下ろしている。かつてそれが十二階まで高さを伸ばしていた場所に、いまはパチンコ店が建っていた。
(中略)
‥‥遠くにスカイツリーのそびえを見る事が出来た。私たちの時代のランドマークとして建てられた、あらたな塔。あの塔が建った時、平成はまだまだ続くと誰もが思っていた。しかし来年、あの電波塔は最初の終わりとはじまりを超える。
「塔と浅草木馬」より
永方佑樹による、トポスでの「塔と浅草木馬」の朗読(土地への記憶化)
2021年12月11日(土)20:46〜20:55
Longitude: 139° 47' 36.12" E Latitude: 35° 42' 54.882" N
「浅草凌雲閣記念碑」前
永方佑樹 NAGAE YŪKI
2019年詩集『不在都市』で歴程新鋭賞、2012年詩と思想新人賞を受賞。執筆活動の他、水などの自然物やテクノロジーを使用し、詩を立体的に立ち上げる独自の立体詩を国内外で展開(仏サン・レミ美術館、SCOOL、吉祥寺シアター等)。またJR西日本きのくに線「紀の国トレイナート」や奥大和「MIND TRAIL」等にも参加、社会やアートとリンクした活動も行なっている。一般社団法人コエム理事
当「GeoPossession 声のトポス」ではキュレーションおよびクリエイティブディレクションを担当。
撮影:和久井幸一